今後の日本の命運を握る、環境技術と新エネルギー開発

 資源を持たない国日本。
 この国が、太平洋戦争後、驚異の復興を遂げてきた原動力には、まじめで勤勉な国民性と、新しい技術を取り込み、改良して、本家よりも良い物を作り出す、モノづくりの力、があったことは間違いありません。

 しかし、中曽根政権下における、規制緩和、なんでも民営化と言う、新自由主義路線の導入は、モノづくりという「実業」よりも、金融資産の運用や、不動産売買と言った「虚業」により、一夜に巨万の富を生み出す(しかし、本当の意味の価値は生みだしていない)経済に移行した結果、一気にバブルへと突進し、それがはじけて、日本は不景気の底に沈みました。
 そして、その不景気の底から脱却できない中で、なおかつ新自由主義者たちは、派遣労働などと言う、モノづくりの現場でのコストカットによる、自己の儲けのみに走り、日本の工業力や、工夫の力は、以前と比べモノにならないほど衰退しました。

 しかし、新自由主義の弊害が明らかになった後も、自分たちの利益しか考えなかった、自民党、財界をはじめとする新自由主義者たちは、不景気をさらなるコストカット=リストラ、賃金抑制で、乗り切ろうとしました。
 が、その方向性は、自民党の経済政策の矛盾と破綻も原因となり、自民党が政権から追われることになりました。

 今にして思えば、残業代0法案だとか、リストラ、賃金カットをしながら、自己の報酬は2倍にすると言った、経団連会長の御手洗のような、さもしく、品の無い、傲慢で、実は能力など無く、創業家の親類として経営者になっただけと言う、屑たちの行く末は定まっていたのです。

 まぁ、それはひとまず置くとして、では、ここから日本がどのように立ち直るべきかと言うことですが、それには、過去とは違う状況にあることを認識する必要があるでしょう。

 バブル前の日本は、欧米に追い付け、と言うことで、欧米型ビジネスモデルや、モノづくりの方法に、日本風の工夫を加えることにより、既存の欧米型社会へモノを提供することで、成長してきました。
 しかし、今は、自動車をガンガン作り続ければ経済が回復するものではありません。その手のことは、今は新興工業国の方が優れてき始めているのです。
 また、お手本となる欧米型資本主義にも陰りが見える中、新しい成長分野を探さなければ、モノづくりの国としての日本は、行き先が無くなってしまいます。

 ここで、注目されるのが、環境技術と、新エネルギー開発です。
 環境技術とは、せまい意味では、公害対策とも言えるでしょう。昭和40年代の相次ぐ公害被害による、痛い経験から、日本では、環境技術が発展しました。
 公害を防ぐ、というよりもう少し広い言い方をすれば、環境負荷の少ない開発、ということを意味しようかと思います。
 この点で、新興工業国は、今でも日本の足元にも及びません。日本以上に格差の激しいそれらの国や、法整備の遅れている国では、環境規制などもたち遅れ、危険な廃液などを垂れ流しにしているのが実情です。

 日本は、それらの国、さらに、今の新興工業国に続く国々に、今までに培った環境技術を売ることによって、生き残りをかけるべき時なのだと思います。
 これは、追いつけ追い越せ、から、新しい分野へと踏み出す、全く新しい産業構造への転換です。

 しかし、これには、まだいくつかの課題がある点については、今後、順次述べていきたいと思います。